|

「健全な保育精神のもと、子どもをたっぷりの自然の中で、のびのびと、たくましく、感性豊かに育てたい」子どもが、子どもの中で、子どもらしく、あたりまえに育ってくれる。これが私達親の願いです。
残念なことに今の世の中、このあたりまえがとても難しい。既存の保育園や幼稚園の多くは、そのことを本気で考えていないか、考えていても「しかたがない・難しい」で、実際にやっていないかですし・・・かといってその願いをかなえるために、自分一人がどう頑張っても無理で、結局同じ思いを持つ親達が立ち上がって、こういう子育てができる場所を特別につくり出すしかありませんでした。こうして「かもめ保育園」が誕生し、発展してきました。
かもめ保育園は、行事や保育園の運営など、できる範囲で親も主体的に関わる共同保育。だから園児の親たちはみんな顔なじみ。子ども達の名前をみんな知っています。うちの子もよその子も同じように気にかけて、ほめもするし、叱りもする。その昔、地域であたりまえにおこなわれてきた子育てが、かもめ保育園にはあるのです。
一人でも多くの方(親)が、私たちの仲間に加わって頂き、そして一人でも多くの子どもが「かもめ保育園」で、子どもらしく育まれることを心から願っています。

〜根をはやせ 幹を太らせ かもめの子〜
四季を感じながら暮らすことのできる街、小樽。自然を満喫できる春香、張碓、銭函。ここがかもめ保育園の拠点です。子どもたちは、毎日リズム遊びで、ひのきの床をかけまわり、ごっこ遊びや伝承あそびで、歓声をあげ、汗をかいて遊びます。夏は海の家、冬は山小屋に移動し、のびのびと遊びます。春の赤岩でカタクリを観たり、秋の塩谷丸山山頂から羊蹄山をみつけて喜んだりします。どこまでも歩き、おいしい木の実や花をみつけたり、せみやへびのぬけがらやたくさんの虫にであったり…。五感で楽しめる四季を体験します。枝や葉っぱや自然の道具を使って創造する遊びや、森や林での大冒険。昔、田舎の自然のなかでしか体験できなかった遊びがここには今も存在します。そしてこの本物の自然のなかで、異年齢の仲間と体を自由自在に動かし、知恵を出し合い、感性を磨いていきます。もちろん本物にこだわるから、絵本も演劇も文化性の高い、よりよいものを求めます。子どもたちは、感動すると必ず模倣し、遊びで再現します。そして新たな遊びを創り出します。
保育園での生活と遊びのなかで、心も体も丈夫に発達させた〜かもめの子たち〜は、やがて大地にしっかりと根をはやし、幹を充分太らせ、ぐんぐん成長していくことでしょう。
かもめ保育園は‘85年週1回の子育てかもめサークルから始まり、週2回、週3回、お弁当持参と保育時間を増やし続け、子どもたちの幼児期の発達を保障するために、親たちが協力しながら週4回に。そしてついに‘93年
共同保育所『かもめ保育園』誕生しました。
やがて給食を開始し、床をひのきに張り替え、ついには、増え続ける子どもたちのために「食べること」と「遊ぶこと」「寝ること」を保障できる空間を求め、‘97年張碓町へ移動し広いホールを新設。‘00年にはNPO法人となり、‘03年
第二園舎確保。その後、第二園舎とホールをつなげる渡り廊下(かもめ灯台)を新設しました。
これまでの道のりは全て、脈々と受け継がれて来た、かもめ園児の親たちと、職員の熱い思いの結集であることは、充分伝わってきます。
小樽市の補助金を受けていても、施設や設備はまだ充分とはいえませんが、ここまでかもめ保育園を築いてきた親たちや、職員の粘り強い努力、そして賛同してくださった、たくさんの方々のおかげで『地域に根付いた かもめ保育園』がここに存続できていることを、私たちは決して忘れることはありません。
この20年、たくさんの親たちと共感しあい気丈に保育を続けてきた、前園長 高川紀九子が、健康上の理由で退任することになり、後任として小島佳子が園長となりました。至らないことも多いと思いますが、よろしくお願いいたします。
退任とはいっても職員はまだまだ『かもめの保育』を学ぶことが必要ですし、親たちの相談を受けるなど、前園長高川には、相談役としての職務を遂行していただいています。
前園長:高川紀九子からご挨拶
|
|
|